May 16, 2015

B.B. キング。

B.B. キングが亡くなりました。

ブルースの王様として、当たり前にずっと存在し続けたし、ずっといるものだと思っていたけれど、こんな日がやってくるんだな。

おつかれさまでした。そして、ありがとうございました。

ブルースの典型的なひとつのカタチを築き上げたひとですが、その録音を遡って聴いてみれば、挑戦と進化をし続けていたことがわかります。


初期の録音は、先輩であったTボーン・ウォーカーを荒々しくしたような、ジャンプ・ブルース・ギターが聴けて好き。


最近、イギリスのACEレーベルから出ていたコンピレーションに収録されて、その魅力を再確認させられたのが、ギターを弾かないで歌ったこの曲。『Sings Spirituals』という企画もののアルバムに収録されていたもので、ひょっとしたらポピュラー・シンガー的な道も模索していた頃なのかな、とか想像したり。なんだか病みつきになってしまい、繰り返し聴いてしまう一曲です。
 
まだまだありますが、知った気になっていないで、皆さんそれぞれで辿ってみると良いと思います。
意外とチャレンジャーだったのです。B.B.は。

May 12, 2015

FUNKY METERS

BSR誌の濱田さんにご紹介頂いて、光栄にもファンキー・ミーターズのビルボード公演でDJをやらせていただいた。幸せな夜でした。

実際のところ、ミーターズはオリジナル・メンバーはアート・ネヴィルとジョージ・ポーターのみで、ジガブーもノセンテリもいない。たとえ、いま4人が揃ったとしても、初期ミーターズのサウンドにはならないだろうってことは、わかっていながら、でもあの音がミーターズなんだよなぁ、と。ずっと思っている。

たとえば、「カセットコンロスの1枚目の音が好きで、あの感じじゃなきゃ」とか、言われたらどうだろう。「そんなことは知ったこっちゃない」のだ。とても有難いことで、嬉しくはあるけれど、知ったこっちゃないのだ。やる側は。とか。
あのサウンドは、もうレコードにしかない。わかっちゃいるけど、あれが好きなんだけどなぁ。てなことは色んな場面で多々ある。

結果、どんなかたちであれ、素晴らしいライヴであれば、受け入れられるし、そうでなければ残念である、というだけのことなんだろう。
それが、ずっと続けるということなのだと思う。

ライヴが始まるまでは、そんなことがアタマを巡っていた。けれど、結果、本当に素晴らしい光景が観れたので、僕は嬉しくなってしまったのだ。

特に、セカンド・ステージの後半にかけて。太く熱く、延々。観るものが高まるまでやり続ける、ウネり続ける。という、バンドの意地みたいなものが、ひしひしと感じられたのが良かった。

もう、あんまりオルガンも弾けないし、なんなら歌詞も思い出せなかったりするアートだけど、そのすぐそばに立ってひたすら支え、リードし続けるジョージ・ポーターがやたら美しい。アール・キングの来日のときのことを思いだした。痛々しいくらいにヨレヨレだったアールのすぐ横にもジョージ・ポーターが忠犬のように寄り添っていた。

アートがステージに立てなくなるまで、ジョージ・ポーターは付き合う覚悟なのだろうな。とか、考えながら、ファンキー・ミーターズのファンク・グルーヴに高められたのでした。

写真は、DJブースからの光景と、マルちゃんが撮ってくれた選曲中のわたくし。


贅沢だや。

元住吉パワーズ2、お越しいただいた皆さん、ありがとう。ありがとう。

カセットコンロス featuring チチ松村さん(歌、ギター、バンジョーウクレレ) & 田村玄一さん(スティール・ギター、スティールパン)。一曲飛び入りで田鹿健太さん(パーカッション)。

この上なく豪華で、この上なくユルい夜になりました。

ゴンチチのサポートをしている辻コースケのファインプレーで実現した、本当に夢のような企画。リハーサルも楽屋も本番も、ずっと楽しかったなぁ。幸せでした。ありがとう。ありがとう。

チチさんの歌、そしてストロークのドライヴ感、トーク。あれはもう人間国宝級だし、世界遺産です。みんなで大切にしましょう。
そして、玄さんは、スティール・ギターもスティール・パンも熱量がハンパないのです。 「鉄は熱いうちに打て」じゃなくって「鉄を叩いてたら熱くなってく」っていう。好きだ。
健太さんも、一曲だけ飛び入りしてくれて嬉しかった。

贅沢だや。




 

May 6, 2015

出土品。

勢いついてしまい、机の下のおもちゃ箱を整理。出土したあれやこれや。
これらは、むかしCIAに勤めていたころの仕事道具である。

ダンシャリとは、お寿司のスタイルの一種だと思っている。


途方に暮れている。(ノンフィクション)

この物語は、スピーカーの壊れたエルクと、アンプ部の不調なエーストーン、二台のギターアンプを修理すべく立ち上がった男の一夜の出来事である。



途方に暮れている。

わざわざ、スピーカーグリルを外さなくても、スピーカーのユニットを取り外すことはできたのだ。それに気づいたのは、サビついて非常に回しづらいボルト12本を外し終えたときのこと。

アルミ製の『ACETONE』のロゴプレートも外したが、それに至ってはまるで関係なかったうえに、プレートを留めていた小さな木ネジは行方不明になってしまった。

それでも、このグリルを外さなければできなかったこと。グリルとキャビネットのあいだに溜まっていたホコリを綺麗にしたりしてみる。これまでの時間が無駄ではなかったと思い込みたいのだ。

そうやって、スピーカーの移植を終えた。エルクのアンプは、久しぶりに内蔵スピーカーから良い感じの音を出せるようになった。よかった。

社長はドイツに買付けに行っているが、私がちゃんと朝から店を開けているかどうか、誰かを偵察によこさないとも限らない。もう眠ったほうが良いのだが、エーストーンにグリルと12本のボルトを戻してやらなければならない。

そして、組み終えたはずのエルクのアンプのそばに、はめ込み忘れたと思われるワッシャーがひとつ転がっているのだ。

May 4, 2015

次回、広島は、パスポート持参で。

『カリビアンプレート』お越しいただいた皆さん、ありがとう。ありがとう。

今回の企画のきっかけは、カレー屋さん nandi でした。東京から広島に移ったクロヒジさんが、僕とアンディ二人のライブをセッティングしてくれて、そこで観に来てくれたのが、今回企画してくれた、おいくんやポンちゃんたち。
まだ広島に友達の少ないクロヒジさんに仲間ができて良かったなぁ、とか思っていたら、「今度はコンロスで」となって、前回のコンロスnandiライブが実現したのでした。

そこからさらに、「もっと沢山のひとにカセットコンロスを観てもらいたい」と、結束してくれた皆さんによって今回のイベントにたどり着いたのです。愛されている。本当に幸せです。

今回、お客さんにプレゼントするCD-Rの枚数が、僕の手違いで枚数が全然足りてないことが発覚したのは、岡山のタケオくんのうちに着いた頃。急遽スタッフ皆さんにメールを回して、CD-Rを分担して焼いてもたったのですが、「仕事の合間に焼きます」とか、「こっちは70枚いけます」とかって。そんなやりとりをスマホで眺めながら、申し訳なく思いつつ、すてきなチームワークを感じていたのです。

ラジオでコンロスをかけてもらったり、リトルエレファントの皆さんと数年ぶりに再会、セッションできたり。色々な繋がりが、今回のイベントを盛り上げてくれました。
DJ:YU-YA、nakamata、POM、SoundWood。ライブ:1000lise、リトエレ兄さん、全部最高だったや。

主催の、おいくん、おつかれさまでした。気持ちが伝わるイベントは良いですね。本当に。

また会いに行きます。

写真は、イベントで配布されていたパスポート型メンバーズカード。粋であります。


ミステリアスな紙包みで渡された、POMちゃんのセレクションCD。とても良いです。

May 2, 2015

城下公会堂はホールではなかった。

岡山、城下公会堂お越しいただいた皆さん、ありがとう。ありがとう。

岡山市内でのライブは随分久しぶりだったけれど、皆さん駆けつけて来てくれて嬉しかった。お店の方にも、「また来てください」と言っていただけて、嬉しかったのです。

むかしから仲良くしてくれている、カリビアンセッションのタケオくんの家に泊めてもらって、語り明かしたのでした。本当に良いヤツなんだよなぁ。また会いに来ますー

沢山、良い思い出のある岡山。また忘れられない1日が追加になりました。

May 1, 2015

米子は幸せな街です。

今回のツアーを組むにあたって、なかなか決めそびれていた日程がこの日でした。結構、日が迫ってきていたので、恐縮しつつ米子のDJ O-JIくんに連絡。2月に行ったばかりだし、ダメもとで。

そんなでしたが、快く引き受けてくれて、会場も再びトリスキールに決まって。心から感謝。その時点ですでに最高だった僕らです。

なにしろ、前回頑張ってくれたDJの二人は酔いつぶれて記憶がない。良い思い出をアップデートしてあげないといけません。

そんな経緯があっての夜。やはり盛り上がりました。素晴らしい音楽バカが集ってくれて。本当に嬉しかったなぁ。

DJ O-JIこと、DJ ネゲーロ。DJ 88こと、DJボロコップ。名前もアップデートしてあげて、僕らからの感謝の気持ちです。DJ陣、すごい良い選曲してました。かっこ良かった。色々、教えてもらいました。

米子は幸せな街です。トリスキールがある。また、ゆっくり来たいね。